場違いであると感じたときのことを教えてください。
局官房の課長として、色んな公の場に携わらせて頂きました。
賀詞交換会やら地元経済会の人達との意見交換やら、明るいイベントとはそれなりに場違いと感じていても自分なりに楽しめました。
今でも、記憶に深く染み付いているやるせ無い感情は、福知山線脱線事故の調査委員会報告会が現地西宮市のホールで開催され、その事務方のお手伝いで、会場警備と御遺族の方の道案内をしたときは、その場の雰囲気に、生まれてこの方今までないものを感じました。
事故発生から、数年経ち、事故当時は私も東京で仕事をしていたこともあり、関係者の方の気持ちを深く思いやることができていなかったのでしょう。
加害者である鉄道会社は、その場にいなかったと記憶していますが、背広をきた関係者は全て加害者の感覚で御対応せざるを得ない雰囲気でした。
日常生活で、朝元気に出勤や通学された家族や縁者が突然帰らぬ人となる。その後の御遺族の生活にも暗い影が襲ってきたことは、想像するに難く無く、こちらも奉仕する国の仕事をしている限り身の締まる思いを抱いたものです。
御遺族のこちらを見る目の、非難めいたことは今だにトラウマになっています。
ただし、当時は我々は加害者を監督し、今後この様な悲惨な事故を起こさないために仕事をしているわけで、加害者の組織の不適切なあり方を正す、被害者側に寄り添う意識で臨んでいた私は、場違いを感じてしまったのも正直な気持ちでした。
今思えば、組織と行政の一員として監督することが至らなかったとの指摘をされていたと、自戒の念を持っております。
当時の若き事務方課長は当事者意識が薄い?思慮が足りなく、御批判は謙虚に受け止めて、その後組織のメカニズムも勉強させて頂きました🙇♂️
重大な事故は人が起こすものですが、起こした人の責任だけを糾弾するのでは無く、深層原因を突き止め、それを取り除く!
あの後も、大きな事故は0には、なっていませんね!

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